※専門家でも何でもない、一介の大学生が授業で作成したレポートです。

この文章を「参考文献」にしたり「引用元」にしたりしても、あなたの論文の信頼性を高めることはできません。ご注意ください。

 

2013年7月26日

アウグスティヌスの「悪」

執筆者:夢前黎

 

※読んだテキスト

宮谷宣史訳(1993年)『アウグスティヌス著作集第5巻Ⅰ 告白録(上)』教文館
宮谷宣史訳(2007年)『アウグスティヌス著作集第5巻Ⅱ 告白録(下)』教文館

 

 

1.私の疑問

 

 私はキリスト教信者に対して、常々疑問に思っていることがある。
 それは、何故この世に悪があると思うのか、ということだ。


 全能至善の神が万物を創造したのなら、世界を悪がある状態にしておくはずがない。

 「人間が善を行うためには、自由意志で善も悪も選べなくてはならない。選択肢がないならその行為は善でも悪でもなくなってしまう」と言うが、神は何者も原因とせずに存在し、無から有を生み出すという大矛盾さえ可能とする超越者である。神に不可能はない。人間の自由意志や選択権を保持しつつ、「何故か」悪が一度も選ばれないという奇跡を起こすことくらい、簡単にできるはずだ。

 

 できるのに悪を放置しているなら、神は完全な善とは言えない。

 できないのであれば、神は全能とは言えない。


 創造神が至善且つ全能であると信じるということは、この世に悪はないと信じることでもあるのではないだろうか。この世に悪及び善の欠如があるというのは人間の思い違いで、実はこの世には至善しかない。人間は自由意志によって行動を選択できるが、神の御業によって、悪を選んだつもりでも善を選び続けている。そのように考えることが、少なくとも私にとっては、自然で無理のない信仰であると感じられる。


 殺人も窃盗も姦淫も至善であると、私が神を信じるならそう主張するだろうが、実際にはほとんどのキリスト教信者がこの世に悪があると考えている。このことは奇妙で、今の私には「彼らには信仰心が足りないのでは」と訝ることしかできない。
 このレポートでは、西方キリスト教最大の教父アウグスティヌスの著作『告白』を読み、彼の「悪」観について思うところを記した。

 

 

2.アウグスティヌスの「悪」

 

2-1 悪とは何か

 

 アウグスティヌスによれば、善いものでなければ朽ちる(損なわれる・善を減じる)ことはあり得ないため、朽ちるものは善いものなのだという。(上p356~359)
 朽ちるということは善を失うということであり、朽ち切る(善をすべて失う)ということは存在がなくなるということである。故に存在しているものはすべて善であり、悪は実体ではない。
 つまり、善と悪という二つの実体が存在しているのではなく、存在しているものすべてが善であるのに対して、「悪は完全な無に至るもの、善の欠如にほかならない」(上p140)。


 この考え方でいけば、善悪は善の濃度で決まるということになろう。神が常に100%の濃度の善であるのに対し、被造物は濃度の低い善である。

 

創られた天と地は美しい。
創られたあなたは善です。
それ故創られた天と地は善いものです。(下p208)

 

しかし天と地は、
その創造者である
あなたのようには、
美しくなく、
善ではなく、
存在していません。(下p208)

 

 被造物はすべて善であると言っても、善の濃度の薄さが、すなわち善の欠如が、悪として認識されている。

 


2-2 悪の原因

 

 アウグスティヌスは、「われわれが悪をなす原因は自由な意志の決定である」(上p321)と述べている。

 

何かを欲したり、欲しなかったりするとき、欲したり、欲しなかったりするのは、わたし以外の何者でもないことは、極めて確かでした。そして、そこにわたしの罪の原因があることにだんだん気づいてきました。(上p321)

 

 悪いことをしようと欲するのは、神ではなく自分自身なのだから、悪事に対する責任も自分にある、と彼は考えていた。

 

 

2-3 至善に比べて望ましくないもの

 

 『告白』にはこのような一節がある。

 

あなたにとって
悪は全く存在しません。
あなたの被造物全体にとっても、
悪は存在しません。(上p360)

 

あなたの被造物のなかに、不満を抱く人は、健全ではありません。(上p361)

 

 この部分は、一見「神が創った世界に悪があると考え、不満を抱く人は、信仰心が足りない」という私の意見と一致しているように見える。
 しかし、私が「万物が至善である」ということを指して「悪が存在しない」と言っているのに対し、アウグスティヌスの「悪が存在しない」は「善の濃度が低くて不完全なだけで悪そのものはあくまで存在しない」ということを意味する。私は、神を信じるなら万物を至善と認識するはずだと考えているので、善の欠如を前提としているアウグスティヌスとは意見が一致しない。


 もし彼が、善でさえあれば濃度にはこだわらない、1%でも100%でもどちらでもよい、と考えていたなら、日常的な言葉の使い方においても「悪が存在しない」と言えよう。しかしアウグスティヌスは自らの悪事(善の欠如=100%の濃度の完全な善でないこと)を嘆いているし、しばしば、濃度の低い被造物の善より、神の至善を求めるべきだと述べている。それはすなわち、善の濃度は高いほど望ましく、濃度の高い善はより増えて、濃度の低い善はより減るべきであるということではないか。そして、「より減るべき」「望ましくない」ものを、人は「悪」と呼ぶのではないだろうか。


 思うに、アウグスティヌスは神を敬愛していたので、どうしても「あなたの被造物には悪が存在します」とは言えなかったのだろう。だから「濃度が1%だろうが善は善」と自分に言い聞かせ、この世には悪はないということにしようとした。しかし心の奥底では、「善の濃度が低いせいで悪い行為が出てくるのなら、濃度の低い善はもはや悪ではないか」と思っていたのではないだろうか。

 

 

3.アウグスティヌスへの論駁

 

3-1 何故神は被造物を至善にしないのか


 善でなければ朽ちることはできないが、最高の善なら朽ちることはないともアウグスティヌスは語っている。(上p356)
 この世に悪がなく、すべてが様々な濃度の善で創られているのだとしたら、すべての被造物の善の濃度を100%にしておかないのは何故か。神が善の欠如をそのままにしておくはずはない。どのような矛盾でさえも可能とする万能の神には、すべてのものを朽ちることのない最高善にした上で、なおかつ神を他と並べることのできない最高の存在のままにしておくことも可能なはずだ。そのほかの、被造物を至善にすることによって起こるいかなる弊害も、神の全能の前では問題とならない。


 神が至善且つ万能ならば、いかなる時空間においても善は欠如したことがなく、世界は常に濃度100%の朽ちることのない善で満たされていると考えるのが筋ではないか。

 


3-2 悪の原因は第一原因である神ではないのか


 悪いことをしようと欲するのは神ではなく自分自身なのだから、悪事に対する責任も自分にある。それがアウグスティヌスの主張だった。
 しかし、欲したり欲しなかったりするのは自分自身でも、欲したり欲しなかったりさせるのは神ではないのだろうか。言い換えれば、人が悪事を働こうと思うことの原因と責任は、突き詰めていけば第一原因である神にあるはずではないか。
 しかも、アウグスティヌスは、善については創造者たる神を原因と定めているのである。

 

この善は彼女たちに由来するのではなく、彼女たちを通してもたらされたものでした。何故ならすべて善いものはあなたから来るからです。(上p37)

 

わたしたちの幾ばくかの善い業は
あなたの賜物のおかげです。(下p414)

 

 どうして、善は神を原因とし、悪は人を原因とするということがあり得ようか。どのような犯罪者も、どれほど善の濃度の低い実体も、すべては神から来たというのに。神が悪の原因であることを否定するということは、神を第一原因(創造者)と結果(被造物)という因果関係から切り離す行為ではないだろうか。

 

 

4.まとめ

 

 アウグスティヌスは『告白』の中でたびたび、何故至善の神によって創られた魂から悪い意志が生じるのかについて苦悩している。しかし、決して神が悪の原因であるという考え方は認めず、「人間が悪をなすのではなくて、あなたが悪をこうむるのだ、と考え、あなたに讃美を捧げないひとびとの、あの地獄の誤謬にまでは落とされていませんでした」(上p323)と語っている。


 ここにあるのは論理ではなく、神への愛なのだろう。善の欠如を想定したのも、人間の自由意思に悪の原因を見出そうとしたのも、神を悪の原因にしないためである。

 善の原因は神であっても、悪の原因は神であってほしくない。そのような切望があったのだ。

 

 

 

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