2012年7月25日

親鸞における「悪」

 

専門家でも何でもない、一介の大学生が授業で作成したレポートです。この文章を「参考文献」にしたり「引用元」にしたりしても、あなたの論文の信頼性を高めることはできません。ご注意ください。

 

※参考図書として、「 歎異抄論究」(著・伊藤益)を与えられています。

 

 

「善人なほもつて往生を遂ぐ。いはんや悪人をや」

 

悪人正機説は親鸞以前からあった思想だが、親鸞において強調されたために、破戒の論理として危険視されるようになった。

悪人こそが救われるというなら、進んで悪事を働いても救われるということになってしまうのではないか。それでは倫理思想の教義として破綻しているのではないか。

この問題に答えるためには、まず親鸞の思想の根底に「人は皆悪人である」という意識があったことを考えなければならない。

 

親鸞曰く、末法の世においては僧であれ一般人であれ悟りを開くことはできないという定めなのだから、悪事を犯すことは避けられず、むしろ戒律を守っているようなふりをすることは偽善にしかならない。この考えは、僧でありながら肉食妻帯をしていた彼の生き方にも現れている。

 

人が罪から逃れられないことは、日常生活においてすら明らかである。人は毎日食事によって他の生き物の命を奪っているからだ。

日本では「あらゆる動物に仏性がある」という如来蔵思想が神祇信仰と結びつき、「動物だけでなく草木や無生物を含めた万物に仏性が宿る」と考えられたため、例え肉食を断ったとしても「仏性のあるものを殺して食べる」という大罪から逃れることはできない。

親鸞は著書『教行信証』の中で幾度も「一切衆生、悉有仏性」(『涅槃経』)という言葉を引用しているので、彼が如来蔵思想を念頭に置いていたことは確かである。

 

親鸞は、人間は皆例外なしに「屠沽の下類」であると説いた。

「屠」は猟師を指し、「沽」は商人を意味する。

生き物を殺し、他者を蹴落としながら生きるしかないという「排除の構造」から、人間はどうしても抜け出すことができない。

 

そもそも、人の行いはどんなに些細なことであれ、善も悪も前世から背負っている宿業によって引き起こされるのである。

食べなければ生きていけない体に生まれたのも、ある時代のある場所に生まれたのも、自分の選択ではない。

突き詰めれば人に自由はなく、すべての人が悪人として生きる宿命にある。

 

以上のことから、この世には悪人しかいないということが証明される。

しかし、阿弥陀の救いの力は自力で悟ることのできない悪人(事実上すべての人間)のためにこそあるのである。自力で悟ることのできる善人のためにその力は使われない。悪人として生きるしかない人類も、阿弥陀の本願によって往生を遂げる。

 

阿弥陀に帰依するというのは、宿業に逆らえない自らの無力さを認め、阿弥陀にすべてを委ねて救いを乞うということだ。

例え、悪人が救われるからと言って悪行をやめようとしない「本願ぼこり」であっても、念仏を唱えて阿弥陀に縋れば極楽浄土へと導かれる。

人は生まれつきの宿業によって善行と悪行を行うので、進んで悪事を働こうとしても宿業で定められた以上の被害は引き起こせないし、逆にどんなに善でありたいと思っていても宿業で定められた分だけの害悪をもたらすことになる。

しかしその業の大きさにかかわらず、人は皆、望めば阿弥陀に救われるのである。

 

 

【自分の思うところ】

 

・宿業における自由と責任

西洋では自由な行為にのみ責任が生じると考えられているが、宿業の思想では自由を否定した上で個人に責任を負わせる。

宿業は交換したり共同で背負ったりできる性質のものではなく、一人一人に専用の宿業があるということから、人はそれを背負わされることで「自分になる」のではないかと考えた。

自分が「自分」であるのは自分の選んだことではないにしても、宿業が自分を「自分」たらしめるもの(イデア)だとすると、宿業の責任は「自分」の責任ということになるだろう。自分が「自分」だと思うなら責任を取るしかないのだ。

 

・「沽」が何故「屠」と並ぶ悪人なのかについて

沽を「物を売り買いするすべての人(商人と消費者)」と定義して「屠沽の下類」という言葉を見ると、私には「屠は直接生き物を殺し、沽は屠を利用することで間接的に生き物を殺す」というシンプルな意味に見えてならなかった。

 

※先生が授業中に「沽(商人)が悪人なのは、自分がより豊かになるために他者を蹴落とそうとする排他的な性質があるからではないか」とおっしゃっていたことに対して。

 

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