『イルミナ』  中3の時書いたラノベ等身大すぎワロタww  →企画トップページ


第三章 真価の目覚め

 

 シレジア――多くの人と物が行き交う町。メイとクラリスはその大都市の入り口にいた。

「すごいですね! 私、こんなにたくさんの建物、見たことありません!」

 メイは興奮して目を輝かせる。

「そうか? ここはまだ大した事無いと思うけど」

 クラリスはメイと違って田舎者ではなかった。メイが「たくさんの建物」というのは、ただの民家の事である。過疎化した環境に慣れていたメイには、それでも賑やかに見えたのかもしれない。

 二人はきちんと整備された道を歩き、まばらだった建物がだんだん密集していくのを観察しながら、商店街へと向かった。

「私は買いたい物があるんだけど、あんたは?」

 珍しくクラリスから会話が始まる。

「私もあります、クラリスさ……うわあ、大きな木!」

……早くも会話は途切れた。メイが指差す方向には、町の中心部にそびえ立つ大樹があった。ここからは遠いのに、圧倒的な存在感が感じられる。

「じゃあ、二時間後、あの木の所に集合しよう」

「はい!」

 クラリスは人ごみの中に消えていった。それを見たメイも、同じ様に歩き出す。……道も分からない癖に。

 案の定、メイはすぐに迷子になった。人ごみに流されて大変だったので、何とか裏道に抜けたのだが、そこから商店街に続く別のルートを探している内に、暗く人気の無い場所に迷い込んでしまったのだ。ひびが入った石造りの建物に囲まれ、あの大樹も見えない。その上、その建物のドアを叩いて呼びかけても、応答が無かった。最悪だ。

 そこから出ようと動き回る程、ますます深く迷い込む。遂に、メイは行き止まりに直面した。

「ここは……どこ?」

 その時、背後の暗闇から手が伸びて、彼女の口を塞いだ。メイは声にならない悲鳴を上げる。いつの間にか押さえ込まれて身動きが取れなくなっていた。必死に抵抗するメイだが、虚しく引きずられていく。

 何が何だか分からなくて、メイは非常な恐怖を抱いた。やっている方は人身売買の売り物にする為に彼女を連れ去ろうとしているのだが、メイはその手の悪をまだ知らない。メイは息苦しくなって、くらくらした。胸が痛い。もうだめかも知れない……。

「そいつを放せ」

 遠くで聞こえる、変声し切っていない少年の声。

「何だ、お前」

 心成しか、メイを締め付ける腕に力が入った。

「お前に答える義理はない」

「何だと……」

 人攫いの男は、メイを話して少年に襲いかかる。メイはその場にがくりと膝を突き、肩で息をした。顔を上げると、男が黒いマントを着た黒髪の少年に拳を振り上げている。

「危ない!」

 しかし、少年はそれを悠々とかわし、彼の背後に回ると、その背中を爽快に蹴り飛ばした。男は無様に転ぶ。

「ち、ちくしょう! 覚えてろよ!」

 男はそう言うと、よろめきながら逃げていった。

「あ……ありがとう」

 メイは立ち上がる。少年は背格好からして、メイと同じくらいの年だろう。敬語を使う必要は無いと彼女は判断した。

 振り向いた少年がメイに歩み寄る。

「何故だ。何故それ程の魔力を持っていながら、使わない?」

 赤茶色の目がメイを見据えていた。

 メイは、質問の意味が分からなくて困惑する。

「ま……りょく……?」

 少年とメイは本当に同い年だったのだが、この時少年は、メイの潤んだ瞳を見て、年下という印象を受けずにはいられなかった。

「まさか、まだ呪文が必要なのか?」

 赤い眼光が、整った顔立ちに映える。メイは目をぱちぱちさせて、それを見つめていた。さっぱり訳が分からないので、答え様が無い。

「気付いていないのか……」

 少年はメイから離れて、角を曲がっていった。

「ちょっと待って!」

 メイは後を追ったが、もうそこに少年の姿は無かった。また一人ぼっちになったメイは、どうしたらいいか分からずにうろうろする。

「どうしよう。一時間後には木の所に行かなきゃいけないのに」

「お嬢ちゃん、どうしたの? ここは危ない所よ」

 いきなり声をかけられて、メイは飛び上がった。そこには金髪の中年女性が立っていた。

「道に迷っちゃったんです」

 メイは正直に言う。

「あらまあ、困ったわねえ。良かったら、あたしが案内してあげるわよ」

 灰色の目をした女性は優しく笑った。実はこの女性、偶然「危ない所」を通りすがった様なふりをしているが、本当はメイの魔力を感じてやってきたのだ。さっきの少年と同じ様に。

 

「あっ、クラリスさん」

 メイは手を振った。

「どうしたんだ、やけに早いじゃないか」

 クラリスは、メイが遅れてくるものだと思い込んでいたらしい。

「さっき、ピンチだったところを、黒いマントの人が助けてくれたんですー!」

「く……黒いマントの人……?」

 クラリスは、怪しいおじさんを想像して噴き出しそうになる。怪しさが頭の中で爆発した。

「それから、親切なおばさんが、ここまで案内してくれたんです!」

「案内って……迷ってたのか…」

 やはりメイは馬鹿だ、と呆れるクラリス。

「そのおばさんが、ラグティアって町でマーガレット・アルボルって人を訪ねろって言ってました。何かいいことを教えてくれるんですって。だから、その人に会いに行ってもいいですよね?」

「あ……、ああ……」

 いずれにしてもラグティアを通る予定だった。断る必要は無い。

「今から行きますかー?」

「今からだって……?」

 それだけはクラリスも断った。二日間歩いたのに、ノンストップで進むというのか。自分は良くても、メイ本人の体力が持たないだろう。

 

「ふー、やっと着いたー……。五日も歩き続けてへとへとですー」

 メイはラグティアの旅館のベッドに倒れ込んだ。上の白い服を脱ぎ、黒いワンピースという出で立ちになっていたので、ひらひらと裾が舞う。

「わーい、ふかふかのベッドだー」

 幼稚なセリフを吐くメイに、クラリスは静かに言った。

「じゃあ寝てな。私は出かけるから」

「あれ、クラリスさん、どこ行くんですか?」

 クラリスはドアノブに手をかけながら、振り返って答える。

「どっか」

 これが答えと呼ぶのに値するのかは疑問だが、メイはそれで納得したらしい。彼女がベッドに潜り込んだのを見て、クラリスは部屋から出た。

 ちなみに、その後メイがベッドでトランポリンをしていた事をクラリスは知らない。

 クラリスは酒場へと足を運んだ。情報収集には酒場が一番だ。少なくとも彼女はそう思っている。

 建物の中に入っても、人々がクラリスに気を留める事は無かった。彼女が未成年である事に気付く者は、誰一人としていなかったのだ。

「バーテン、ビール」

 とりあえず、飲まなくても頼むのが礼儀だろう。そう考えるクラリスは、ビールがもったいないとは思わない様だ。

 バーテンは素直にビールを出した。クラリスは大人のふりをし続ける。

「聞くけど、この街にいるマーガレット・アルボルという人を知ってるか?」

「もちろん知っています。彼女は結構有名な魔法の先生ですよ」

 バーテンはグラスを磨いていた。

「だったら、どこに住んでいるか分かるか?」

「中央通りの第二聖堂の左にある家に住んでいますよ」

 バーテンは手を止めて目の前の客を見つめる。

「まさか、お客さん、魔法を教えてもらうんですか?」

 なぜそんなに驚かれなくてはならないのか分からないが、クラリスは「違う」と正直に答えた。もしかしたら、魔力がありそうな外見、無さそうな外見というのがあるのかも知れない。

 クラリスは立ち上がり、酒場を出た。後に残されたのは、一口も飲まれていないビールと代金の二百リーネ。

「……変なお客さん」

 そう呟いて、バーテンはグラス磨きを再開した。

 

 メイが起床した。

「おはようございます、クラリスさん。昨日の夜はどこ行ってたんですか?」

 彼女は目を擦りながら尋ねたが、軽くあしらわれた。

「さあな。早く朝食食べて、マーガレットさんの所へ行くぞ」

 メイはベッドから飛び降りる。

「はい! でも、マーガレットさんがどこに住んでるのか知ってるんですか?」

「まあな」

「さすがクラリスさん!」

 メイに賞賛されて、クラリスは戸惑った。

 

 二人は中央通りに沿って歩き、第二聖堂を探して暫時うろついた。やがてそれを見つけると、その左の家に目をやる。

 その時、呼びもしないのに戸が開いて、老女が出てきた。緊迫した表情でまじまじとメイを見つめて、それから「は?」と声を漏らす。

「何だお前さん、ただの客かい。私はてっきり、ものすごい大魔導士が来たのかと……」

 今度はメイが「は?」といってぽかんとしたので、老女は表情を緩めて、二人を招き入れた。

 家の中は至って普通だった。メイとクラリスは勧められるまま普通のソファーに座る。

「どうぞ」

 出された茶も至極平凡で、クラリスは拍子抜けしてしまった。魔法の臭いを感じさせる様な物は一つも見当たらない。そういうものなのか。

「あの、マーガレットさん……ですよね?」

 クラリスは確認した。

「そう、私がマーガレットだ。その子に魔法を教えて欲しいのだね?」

 鋭い老女だ。マーガレットは年の頃六十代前半だろうと思われるが、身のこなしは若々しく、肩に垂らした金髪は豊かだった。

「えっ? 何のことですか?」

 メイの発言に、カップを持つクラリスの手が震える。しまった、メイに説明するのを忘れていた……。

「お前さんは魔法を学ぶ為にここに来たのではないのかね?」

「そーなんですか、クラリスさん」

 クラリスはメイを軽蔑の目で見る事で、自らの失敗をごまかす。

「……当たり前じゃないか」

「そーなんだー」

 犠牲者は犠牲になった事にも気付かなかった。

「さあ、どのコースがいいかね? 初心者コース七万リーネ、中級者コース八万五千リーネ、上級者コース十万リーネだよ」

 マーガレットが軽やかに言う。しかし、

「ところで、魔法って何ですか?」

……話が噛み合っていない。

「お前さん、本当にやる気あるのかい?」

 マーガレットは顔をしかめた。怒っているというよりは、呆れている。

「あの、こいつは何も知らないんです。まず、魔法という言葉の意味を教えていただかないと……」

 クラリスが遠慮がちに囁いた。それを受けて、マーガレットはふっと笑う。

「いいよ、教えてあげよう。お前さんなら教えがいがありそうだ」

 メイは考えた。

「んー、よく分かんないけど、とりあえず一番安いコースにしときます」

「そうかい。じゃあ、今日は手始めに魔法とは何かを教えようかねえ。試しに、魔法がどんなものか、言ってごらん」

「えーっと」

 メイは首を傾げる。

「チチンプイプイ?」

 クラリスは危うく茶を噴出しそうになったが、頑張って飲み込んだ。マーガレットがどんな表情をしているのか気になって見てみると、なんと満足げに微笑んでいる。

「そう、近い!」

「近いのか!?」

 思わず叫んだクラリスを、マーガレットは無視した。

「もっと複雑だが、その感覚を忘れぬ様にな」

「はーい! でも、魔法って本の中だけの話だと思ってました」

 一瞬、空気が凍りついた。

「さ……さて、魔法を使うには次の四つが必要だ。魔力、知識、技術、意思。これらがそろって初めて魔法は発動する。お前さん……えー、名前は?」

「メイです」

「いい名前だね」

 マーガレットはにっこり笑う。

「私はこんな名前だから、昔からよくからかわれたものだ。で、話を戻すが、お前さんの魔力はこれまで見てきた誰よりも強い。魔力においては、何の心配もいらないよ。ただ、このままでは宝の持ち腐れだ。お前さんは今、知識ゼロ、技術ゼロだからね!」

 メイはえへへと照れ笑いをした。自分にそんなに魔力があるとは知らなかったし、こうもゼロだらけだと、逆に笑えてきたのだ。

「笑っている場合ではないぞ、メイ。それらを身に付けるには弛まぬ努力が要されるのだ。しかも、お前さんにはできるだけ早く技術を身に付けなければならない理由があるのだよ」

 メイは先生を見つめる。別段深い意味はなく、反応に困ったからだった。

「お前さんの、その強すぎる魔力は」

 マーガレットが続けた。

「魔導士を引き寄せるのさ。熟練した魔導士は魔力の気配を感じる事ができるのだ。さらに、技術だけの魔導士は、もし敵であった場合に勝ち目が無いと考えてむしろメイを避けるが、逆から言えば、魔力も兼ね備えた者のみがお前さんの前に現れるという事だ。全ての魔導士が敵とは限らないけど、それはとても危険だよ」

「どうしてですか?」

 メイは純粋な気持ちで訊いた。挨拶するだけでは駄目なのか、と本気で考え込む。

「それはね、魔力を持つ者の中には、その力を利用して人を傷付けようとする者がいるからだよ。そうする事で、自分が偉くなった様な錯覚を起こしてしまう、哀れな者がね。ほら、魔王だってそうだろう?」

 メイの顔が急に真剣になった。

「魔王も魔導士なんですね」

「……魔導士だから魔王なのだと思うぞ。よくもまあ、そんなダサい肩書きにしたものだ。恥ずかしくないのかねえ」

 二人の様子を見ながら、クラリスは、世間知らずのメイをしっかりと受け止めるマーガレットに感心していた。さすがは有名な先生だ。

「とにかく、そういった輩(やから)は、倒した相手の魔力が強い程、快感を得る。お前さんなんかは格好の獲物になるだろうね。そこで、技術を身に付ける必要が出てくるのさ。技術があれば、自らの魔力の気配を消す事ができるのだ」

「へー」

 メイが危機感のかけらも無い反応を示す。だが、マーガレットはたしなめる事もせず次に進んだ。

「さて、本題に移ろうかね。魔法の五代要素は、火、水、土、風、雷。それ以外にもいくつか要素があるが、それは魔法を学びながら覚えよう。大方の要素には、下級魔法、中級魔法、上級魔法が存在し、それぞれの呪文が魔法名にもなっている。例えば、一番簡単な風の場合、"突風(ヴィエント)"、"風の刃(ヴィエンシル)"、"旋風(ヴィエンティフォン)"という風にね」

 メイはショックを受けた様だった。

「どんどん長くなるんですか? 覚えられないかも……」

 マーガレットは元気に笑う。今までにもそういう生徒を見てきたに違いない。

「努力するしかないよ、メイ。最初は言葉の力を借りなければ難しいだろうが、技術が上がれば呪文はいらなくなる。それまで頑張りなさいな」

「はい!」

 メイの素直な返事に、マーガレットは頷いて見せた。

「では、今日はこのくらいにしよう。そちらのお姉さん、ちょっとお話が……」

 マーガレットに招かれてクラリスは席を立つ。メイも立ち上がろうとしたが、マーガレットに制された。

「あのっ、お金なら私が出します!」

 メイが咄嗟に言う。

「そういう話ではないのだよ。ここで待っていなさい」

 そう言い残して、マーガレットはクラリスと共にメイの視界から消えた。ところが、メイがソファの上に足をかけた時、彼女は「ソファでトランポリンをしてはいけないよ!」という声を聞いた様な気がした。

「話って何ですか」

 クラリスはマーガレットと向かい合う。

「その前に、名前を聞いておこうかね」

 クラリスが名乗ると、マーガレットはまたもやいい名前だと言った。どうやらネーミングにうるさいらしい。

「メイの事だが、あの子はただ者ではないね。あの桁外れの魔力、相当な血筋だと思うのだが、何か知っているかい?」

 クラリスは一瞬躊躇した。本当の事を言っていいものか、見極める必要がある。イルミナ族だと知って、メイを恐れはしないだろうか。でも、この人なら大丈夫だと、クラリスは思った。

「あいつはイルミナ族の生き残りです。ですが、本当のイルミナ族は噂の様に凶悪ではありません。あれは嘘です。単なる偏見です。だから、明日からもメイに魔法を教えてやって下さい」

 不思議とマーガレットは驚かなかった。

「もちろんだとも。私はむしろ、別の事を心配しているのだ。あの子はあまりにも純粋、そうだろう?」

 クラリスは肯定する。

「だからこそ、悪の道に足を踏み外しやすい。本人にその気がなくても、メイなら簡単に騙されて悪に利用されてしまうだろう」

 クラリスは居心地の悪さに俯いた。自分はすでにメイを利用しようとしているのだ。しかし、その事で悩んでいる様では、目的など果たせない。彼女はすぐに顔を上げた。

「あの子の力は計り知れない。もしかしたら、行く行くは魔王並みの魔導士になるかも知れないと、私は思っている。クラリスさん、絶対にメイを悪の手に渡さない様に」

「……はい」

 クラリスの声はややぎこちなかった。

「そんなに固くなりなさるな! お前さんなら大丈夫だよ」

「はあ……」

 実は彼女は、メイが絵本に描かれている魔王の様な身なりで高笑いをしている姿を想像していただけだった。

「それから、メイがイルミナ族の生き残りである事を簡単に口外しない方がいいね。魔王が最後の一人に止めを刺しに来る可能性がある。だが私は、メイに自分が特別である事を意識して欲しくないのだよ。そうした考えは傲慢さを生むからだ。というわけでクラリスさん、メイが言いそうになったら上手くごまかしておくれ」

「分かりました」

 クラリスは、心底この老女に感心した。この短時間でここまでのアドバイスを与えてくれるとは。

「あと一つ。メイを数日貸してもらえるかね? 良ければ私の家で特訓してあげるが。もちろん、授業料は最初と同じ七万リーネのままだよ」

 メイをじっくり育てたい、とマーガレットの目が語っていた。

「お願いします」

 クラリスの返事を聞いて、彼女は嬉しそうに頷く。

「そろそろ戻ろう。メイが待ちくたびれて寝てしまうよ」

 二人が元の部屋に戻った時、本当にメイはうとうとしていた。

「あ、クラリスさん。早く帰りましょうよー。お昼寝したいです」

「……あんたはしばらくマーガレットさんの家でお世話になる事になったんだけど」

「そうなんですか?」

 突然の決定に、メイの眠気も覚めた様だ。

「じゃあ、クラリスさんはその間どうするんですか?」

 クラリスは適当に答える。

「情報収集、剣の練習、やる事ならいくらでもある」

「でもっ、三日に一度くらいは会いに来て下さいね!」

 メイの無邪気な眼差しを前にして、「面倒臭い」とは言えなかった。

「……できればな。私は忙しいんだ。頑張れよ」

「はい!」

 メイは心から信じきっていた。クラリスの姿が見えなくなるまで手を振り続けたメイは、クラリスの為にも早く魔法をマスターしようと心に誓ったのだった。

 

 三日後、クラリスは約束通り、マーガレットの家を訪れた。門の前に立ち、耳を澄ませる。

「ヴィエントっ!」

 メイが呪文を叫んでいる。

「やってるじゃないか。魔法の一つくらいは撃てる様になったかな」

 クラリスはふっと微笑み、扉を叩こうとした。その時、ゴモモモ……という不吉な音を聞く。

「何だ……?」

 クラリスは手を止め、また耳を澄ませた。何かがわさわさと揺れている。

「メイ、力を加減しなさい! また木を倒して……」

「やってます! でも難しいんです! 最初よりは良くなったでしょ?」

「確かにね。ふっ飛ばなくはなったよ」

――ふっ飛ばしたのか……木を? 

 クラリスは閉口し、くるりと扉に背を向けると、そのまま他人のふりをして立ち去る事に決めた。

 翌日、彼女は何食わぬ顔でやってきた。

「クラリスさん! 三日に一度っていったのにー! もう四日目ですよ?」

 騒ぐメイを無視し、クラリスはマーガレットに尋ねる。

「調子はいかがですか?」

 マーガレットは「んー」とよく分からない声を出した後、答えた。

「結局一日目は魔法が出なかった。まあ、それが普通さ。二日目には風の低級魔法"突風(ヴィエント)"が放てる様になったのだが……。まだコントロールが効かないらしく、木の葉を揺らすだけでいいのに、根っこから引き抜いてふっ飛ばしてしまってね」

 クラリスの顔がわずかに引きつったのを見て、マーガレットは笑った。

「なあに、大した事はないよ。魔法で直せるから」

 そういう問題だろうか。

「昨日はただ倒すだけに押さえた。そして今日は、遂に普通の"突風(ヴィエント)"になったのだよ!」

「そうなんです! 頑張ったんですよ!」

 メイが割り込んで来る。どうやら褒めて欲しい様なので、クラリスは適当に褒めておいた。それだけでもメイはかなり嬉しそうだ。その様子を見て、クラリスは疑問に思う。

 なぜ、メイは自分に懐いているのだろう。ルーヴァの一件で、少しはメイに対する態度も改善したが、その前からメイは懐いていたし、どう考えてもこの懐き様は異常だ。それとも、元々こういう性格なだけか?

 真実の所、メイは単純にクラリスをいい人だと思っている、というだけの事だった。二度も盗賊から助けてくれた上、何もできない自分の面倒を見てくれている。少し無口なのは、きっと恥ずかしがり屋だからだ。そんなクラリスの役に早く立ちたくて、メイはこれでも必死に練習していた。

「見て下さい!」

 彼女は庭に出、前方に腕を突き出す。

「ヴィエント!」

 手から緑色の光が迸り、それは"突風(ヴィエント)"となって二十メートル先の木に直撃した。葉が大きく揺れる。

「どうですかー?」

 木の根元の土は、何度も植え直しをしたせいか、不自然に黒ずんでいた。クラリスは笑いを堪えながらメイを褒めた。

 

 それから二ヶ月の内に、風の低級魔法"突風(ヴィエント)"を始め、メイはいくつかの魔法を学んだ。風の中級魔法"風の刃(ヴィエンシル)"、土の低級魔法"土飛礫(ティエラ)"、土の中級魔法"操土(ティエノン)"、火の下級魔法"火球(フィエゴ)"、水の下級魔法"流水(アグア)"、守りの魔法パレ。いずれにしても、魔力を制御し、標的から逸れない様にする事が課題となった。例外はパレで、これはある範囲に均一な魔力の壁を張る魔法なのだが、メイの場合はどうしても偏りができてしまい、遂にマスターできなかったのだ。

「仕方がないよ。人には得手不得手というものがある。クラリスさんをこれ以上足留めしておくわけにもいかないし」

 マーガレットはそういって、授業の終了を告げた。

「お前さんはいい生徒だったよ、メイ。日々鍛錬を忘れぬ様に。達者でな」

「は……はい!」

 メイは涙を堪えてマーガレットの許を去った。置き土産として、そこにはぼろぼろの庭が残されている。

「ふう……。あの子がいないと寂しくなるねぇ」

 マーガレットは空を仰ぎ、次の新たな生徒へ期待を馳せた。

 

 「クラリスさん、私達、どこへ向かってるんですか?」

 メイが聞く。

「北東。魔王は北東のどこかにいる」

 クラリスが答えた。

「だてに二ヶ月間も情報収集してないよ。色々と分かったんだ」

「へえ。私にも教えて下さい」

「……面倒臭い。後で」

「えーっ」

 二人は殺風景な道を歩いている。天気は快晴。焼け付く様な日差しが容赦なく降り注ぐ。

「でも、不思議な事があるんだ。魔王は、いや、魔王自身は、人から物を強奪したりしないらしい。かなり下の方の部下が勝手にやっているだけらしいんだ。それじゃあ、何で魔王になったんだろう」

 クラリスが、本当に珍しくメイに意見を求めた。

「きっと、何か、他の理由が……。もっと深くて大きい目標があるんですよ、バイゼンには」

 メイは意味深長に言う。クラリスはふと口にした。

「あのな、前々から気になってたんだけど、どうしてあんたは魔王の事をバイゼンと呼ぶんだ? 普通、魔王だろ」

「だって、今時ダサいし」

「はあ?」

「っていうのは冗談ですけど」

 メイはくすりと笑った。

「私は、魔王としてのバイゼンじゃなくて、バイゼンという人間と話がしたいんです。だから、魔王って呼ぶのは変かなあと思って」

「そうか……。何か雄弁だな」

「そうですかー? そんなことありませんよー」

 メイは照れ隠しに、小走りでクラリスの前に出る。その後ろ姿を見たクラリスが、何気無く呟いた。

「伸びたな」

「えっ! 身長、伸びてますか?」

 メイは期待した。確かに、旅を始めてから三ヶ月も経っているのだから、背の一センチくらい伸びていてもいいはずだ。

「いや、髪が」

……勘違いだった。

「あ、向こうに山が見えますね!」

 メイは話題を変える。遠くに灰色の山が見えた。緑がほとんど見当たらない。おそらく鉱山だろう。

「早く日陰に行きましょうよ!」

「ああ、そうだな」

 二人は駆け出した。次の町へ、そして、次の冒険へ。

 

 

 

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