2012年11月9日
「キス」に注目して映画を分析・考察するという課題。タイトルがクサい。
【映画の概要】
タイトル:ローマの休日
制作年:1953年
監督:ウィリアム・ワイラー
国:アメリカ
【あらすじ】 ※ネタバレ注意!
親善旅行でヨーロッパの各国を回っていたアン王女は、多忙さや堅苦しさから来るストレスに耐え切れなくなり、こっそりとローマの街へ抜け出した。すぐに戻るつもりだったが、医者から投与された鎮静剤が効き、路上のベンチで眠りについてしまう。
そこへ通りかかった新聞記者のジョーは彼女を自分の家に寝かせることにする。
翌日、公には王女は急病と発表された。
昼にようやく目覚めた王女は、いっそのこと一日中遊んでしまおうと考える。
一方彼女の正体に気づいたジョーは、スクープを手に入れるため、職業を偽って一日王女の遊覧に付き合う。
夜のダンスパーティーで二人が楽しいひとときを過ごしていると、秘密警察の男たちが王女を連れ戻しにやってきた。
ジョーとその仲間は王女を渡すまいと抗戦し、王女はジョーと共に湖に飛び込み逃走に成功する。(A)
しかし、いつまでも王女の責務から逃げ続けるわけにはいかない。
王女は身支度を整えると、宿泊している建物の近くまでジョーに送ってもらい、彼の元を去っていった。(B)
翌日、記者会見に出席した王女は、記者の集団の中にジョーがいることに気づく。
ジョーは質疑応答を利用して、自分は確かに新聞記者だが、スクープのために王女を愛したふりをしたのではないということを暗に伝える。
記者会見は終了し、二人は永遠に引き離される。
ジョーと王女のキスシーンは、AとBでそれぞれ一回ずつ、計二回登場する。
【A. 一回目のキス】
このキスシーンはクロースショット寄りのバストショットで撮影されている。
二人の間に恋愛感情が芽生えていたことが明らかになるシーンであるため、重要度はとても高い。
二人はずぶ濡れになりながら、先ほどの乱闘の様子を思い出して笑うが(図①)、ジョーは突然真剣な顔つきになり(図②)王女にキスをする(図④)。
図②で王女はジョーの目つきが変わったことに気づき、図③では彼の唇を見ている。
この時点でキスを予感してはいるが、彼女にできたのは僅かにのけぞることだけで(図④)、拒否することも歓迎することもできず、ジョーにされるがままキスをしている。
二人の唇が重なると、キスの勢いで画面の左に寄った二人の頭が、再び画面の中央に戻される(図⑤)。
動き方からすると、ジョーが王女を抱き寄せているようだ。
キスから解放された王女は、戸惑いの目でジョーを見つめる(図⑥)。
ジョーは眉をしかめて黙ってしまう(図⑦)。
彼も自分が突然キスをしたことに戸惑っているようだ。
気まずい雰囲気になり(図⑧)、ジョーは一言「アービングの車で帰ろう」とだけ言って立ち上がる。
王女も何も言わずにそれに従う。
キスに対する二人の反応から、次のことが読み取れる。
まず、ジョーは自分がキスをする瞬間まで、王女への恋心に気づいていなかった。初めはスクープ目当てで一緒にいたが、次第に彼女の人柄に惹かれていき、秘密警察に連れ去られるのを防いだという興奮が起爆剤となって、衝動的にキスをしたと考えられる。キスをして初めて自分が王女を愛していたことに気づき、自分でも驚いているようだ。
王女は突然キスをされて戸惑っているものの、嫌がっている様子はない。これまで王女がジョーに恋情を抱いているような描写がなかったこと、そして、ジョーの家に帰ってからは好意を露わにしていることから、王女もキスがきっかけでジョーへの想いに気づいたのだと推測される。
つまり、一回目のキスは、二人が自分の恋心を自覚するための「始まりのキス」だったのだ。
しかし、この恋はすぐに終わりを迎えることとなる。
【B. 二回目のキス】
二回目のキスは、王女が帰る直前、車の中で起こる。
二人は永遠の別れを思い、沈痛な面持ちで言葉を交わす(図①)。
「お別れの挨拶も言えないわ」「言わなくていい」
王女がジョーを見ると(図②)、視線を感じたジョーも王女を見る(図③)。二人は以心伝心のようだ。
王女の右目からこぼれた涙が窓から差し込む光を反射し、存在感を放つ。美しい演出となっている。
王女は自らジョーに抱きついていく(図④)。
先ほどのキスシーンではジョーが一方的に唇を合わせていたが、今度は対照的に王女の方から彼に向かっていく。
ジョーは切ない表情で王女を抱き締める(図5)。
そして熱いキスが交わされる(図⑥)。
一回目のキスとは違い、二人の間にある愛の強さを知った上でのキスである。一回目のキスで受け身だった王女も積極的だ。
このキスシーンが顔だけをアップにしたクロースショットではなく、肩や腕まで映したバストショットであるのは、「離したくない」と言わんばかりに腕を強く巻きつけ合っている様子を映すためだと思われる(図⑥~⑧)。
王女が「別れの挨拶も言えない」と言った通り、二人は最後まで別れの言葉を口にすることはなかった。
そのため、このキスが別れの挨拶の役目を果たしている。
普通、キスをすれば恋は燃え上がるものだが、このキスは叶わぬ恋に無理矢理終止符を打つための儀式だ。
生まれたばかりの恋を、もう「終わりのキス」で殺さなければならない。
残酷な運命に苦しむ二人の姿が、クロースショット寄りのバストショットで映し出される。
キスを終え、王女は車から降りる(図①)。
途中から未練を断ち切るように走り出す(図②)。
その様子をジョーはじっと見つめている。
追いかけることの許されないジョーと同じように、カメラも彼女を追いかけない。どんどん彼女の影は小さくなっていく(図③)。
直前にジョーのショット(図④)があることから分かるように、図⑤はジョーのPOVショットである。
POVショットにすることによってジョーに感情移入しやすくなっている。ジョーの視点から誰もいない道を見ると、愛する女性を失った虚無感がひしひしと伝わってくる。
ジョーは涙を堪え(図⑥)、その場を去る。
【まとめ】
『ローマの休日』では、一回目のキスは「恋を始まらせるもの」として、二回目のキスは「恋を終わらせるもの」として描かれていた。この対比が見事だ。