卒業論文 日本人の「食」の思想

第二章 殺生と向き合う思想の欠如

第三節 仏にもすがれない

 これまで、日本における「殺生と向き合う思想の欠如」を浮き彫りにしてきたが、もし現在でも仏教信仰が盛んであれば話は違っていた。

 第一節でも述べたように、一般的に日本では殺生への罪悪感に対処する思想が必要とされてこなかった。しかし、狩りで獲られた動物や、植物・魚類鳥類の死を憐れむ人がいたとしても、仏教にはその悲しみをケアする力があった。

 四足の動物だけでなく、すべての生命の殺生を罪悪と捉えた日本仏教▼[47] は、「罪と見なしながら食べる」タイプの宗教思想である。何を食べても罪になるが、罪深い身であっても仏による救済があると信じたり▼[48] 、食べられた生物も「供養」すれば成仏すると信じたりすることができた。民衆のレベルでは死肉の穢ればかりが問題とされ、殺生の罪については深く考えられなかったのが実情であるが、必要とあれば仏教には殺生に対する意味づけの役割を果たす用意があった。

 

 それならば、肉を食べるようになった今こそ仏教の出番かと思いきや、現在日本では宗教に対して明確な信仰心を持つ人が少なくなっている。

 統計数理研究所国民性調査委員会が5年ごとに実施している「日本人の国民性調査」の第12次全国調査(2008年)では、「宗教についておききしたいのですが、たとえば、あなたは、何か信仰とか信心とかを持っていますか?」という質問に対して、「もっている、信じている」が27%、「もっていない、信じていない、関心がない」が73%という回答結果が出た▼[49] 。読売新聞の連続世論調査(2008年)▼[50] では、「あなたは、何か宗教を信じていますか」と質問したところ、「信じている」が26.1%、「信じていない」が71.9%、「答えない」が2.1%という結果になった。年代別にみると、20代から40代までは「信じている」が20%を下回っており、最高値を記録した70歳以上でも41%止まりである。つまり、若年層が宗教を信じないだけではなく、高齢者も過半数は特定の宗教に対する信仰を持っていない状況であることが分かる。また、グラフ(図1)からは、年を追うごとに自覚的な信仰を持つ人が減ってきているということが読み取れる。

 

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図1(『読売新聞』2008年5月30日朝刊25面「宗教観社連続世論調査」より)

 

 

 さらに、自分の葬式を「形式にとらわれない無宗教の葬式にしてほしい」と思う人は39.1%にのぼり▼[51] 、「葬式はしなくてよい」と考える人も8.1%いた。このことから分かるのは、仏教的な「供養」や「成仏」の観念が薄れてきているということである。よって、現代日本において仏教は、殺生と向き合った人を支える思想とはなりにくいのだ。

 

 このような日本の無信仰状態▼[52] は、明治期に近代化(西洋化)と統率力の向上を目指して廃仏毀釈と国家神道の国教化が行われたこと、そして第二次世界大戦での敗戦により国家神道が廃止されたことによって引き起こされたと考えられる。

 

 なお、文化庁が毎年発行している『宗教年鑑』によると、平成23年12月31日の時点での各宗教団体の信者数は次の通りである。

 

神道系 : 1億77万882人

仏教系 : 8470万8309人

キリスト教系 : 192万892人

諸教 : 949万446人▼[53]

 

 集計は、各宗教団体に信者として数えている人の人数を申告してもらうという形で行われているため、各地の神社がその土地の住民すべてを氏子として数える神道と、檀家制度のある仏教は、ほとんどの日本人がその両方に属していると見なされている。しかし、大半の「信者」には信仰がない。自分が信者の数に入れられていることを意識することもないだろう。一方、キリスト教は洗礼を受けて初めて信徒として数えられるので、192万892人の信徒は皆自分が信徒であるという自覚を持っていると判断できる。

 

 自覚的な信仰を持つ26~27%の日本人には、仏教やキリスト教が殺生への意味づけを与えてくれる。しかし、日本人の7割以上は、他者の生命を奪って生きているという事実に対して無防備な状態にあるのだ。殺生への罪悪感に対処するためには、現代日本人が納得できる考え方を見つける必要がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

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―― 【 目 次 】 ――

 

要約

 

   
第一章 屠畜を経験しなかった日本
  第一節 肉食禁止令の真意
  第二節 穢れ観の肥大化
 

第三節 文明開化と畜産業の開始

 

第二章 殺生と向き合う思想の欠如
  第一節 「かわいそう」との出会い
  第二節 西洋における屠畜の正当化
 

第三節 仏にもすがれない  現在地

 

第三章 殺生それ自体が残酷であるという意識
  第一節 日本と西洋の動物観の違い
  第二節 菜食主義に「偽善」を感じる日本人
  第三節 アニミズムと如来蔵思想
 

第四節 肉も野菜も食べ続ける

 

第四章 現代日本人は「食」とどう向き合うか
  第一節 無意識の殺生から自覚的な殺生へ
  第二節 人間、動物、植物を同じ次元に置く
 

第三節 罪悪感の正体

 

 
参考文献  
謝辞  
   
資料1 ネット上での菜食主義議論
資料2 質疑応答(口頭試問)
 
 

 

 

【脚注】  ▲[番号]をクリックすると元の場所に戻ります。

 

 

▲[47] この点については、第三章第三節で詳しく説明する。

 

▲[48] 例えば、浄土真宗の開祖である親鸞は、人間には自力作善はできないとした上で「阿弥陀仏の救いの力(他力・本願力)は、煩悩にまみれて自力では悟りを開けない凡愚のためにこそある」という悪人正機説を強調し、阿弥陀仏にすがれば誰でも救われると説いた。

 

▲[49] 中村隆、前田忠彦、土屋隆裕、松本渉『統計数理研究所 研究リポート99 国民性の研究 第12次全国調査?2008年全国調査?』大学共同利用法人 情報・システム研究機構 統計数理研究所,2009年,p.65
個別訪問面接聴取で、各地からサンプルとして抽出した20歳以上80歳未満の日本人男女3302人から有効回答を得た。

 

▲[50] 『読売新聞』2008年5月30日朝刊25面「宗教観社連続世論調査」(筆・隺田知久、戸丸由紀子、米川丈士)
個別訪問面接聴取で、無作為に抽出した1837人からの有効回答を得た。回答者内訳は、男性46%、女性54%、20代9%、30代15%、40代16%、50代21%、60代22%、70歳以上17%。
 

▲[51] 20代では55%に達している。

 

▲[52] 特定の宗教に対する信仰は薄いが、自然崇拝や先祖崇拝はあるので、宗教心がないわけではない。読売新聞の調査では、「あなたは、日本人は宗教心が薄いと思いますか、そうは思いませんか」という質問に対して、「そう思う」が45.1%、「そうは思わない」が48.9%、「答えない」が6.1%だった。しかし、習慣として仏教式の葬式や神社へのお参りをすることはあっても、真剣に成仏やご利益を信じている人は少ないと考えられる。

 

▲[53] 文化庁文化部宗務課『宗教年鑑 平成24年度版』文化庁,2013年,p.35

 

 

 

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